2001年10月06日

ピープルファースト大会in北海道

日時(にちじ):2001年10月6日(土)~10月7日(日)
場所:北海道札幌市 ちえりあ
(札幌市生涯学習総合センター)
<大会当日のスケジュール>
1日目 10月6日(土)
12:00 うけつけ開始
 1:00 開会式
・ 入場行進
・ 参加人数発表
・ 開会宣言
・ 実行委員長挨拶
・ 来賓挨拶
・ パンフレットの説明
 1:45 全体会 第1部
・ 10分間スピーチ「わたしたちに必要な支援サービス(制度)」
 2:45 きゅうけい   情報コーナー(作業所などのお店)
 3:00 全体会 第2部
・ シンポジウム「人として生きる権利を勝ちとるために」
         ~差別とたたかう~
 5:00 移動(交流会の会場へ)
 6:30 交流会(夕食)
      ・「であいのへや」「ダンスパーティー」(7:30~)
 9:00 おわり
2日目 10月7日(日)
 9:00 分科会
グループ1 「制度と地域生活支援について」
  1.ガイドヘルパー
2.ホームヘルパー
3.グループホーム
グループ2 「人権侵害について」
  4.全国各地の仲間に対する人権侵害
5.出生前診断と優性思想
6.施設・作業所・職場・家庭の中の問題について
グループ3 「地域生活について」
7.自立(友達と趣味・仕事とお金・健康と栄養)
8.恋愛・結婚・子育て
9.入居拒否について
グループ4 「ピープルファーストの進め方」
10.会議の進め方と支援について
11.ピアカウンセリング
12.元気がでるはなし
11:00 きゅうけい
11:30 閉会式
・ 「DPI世界会議札幌大会組織委員会」事務局からのアピール
・ 閉会の宣言「スローガン」「ピープルファースト宣言」
・ 来年の大会開催の場所の発表
12:30 おわり

実行委員会をなんかいかやり時間をかけてみんなのいけんを大切にして準備してきました。

シンポジウムでは、種別を越えてそれぞれの立場から発言がありました。種別を越えた団体の代表が集まったシンポジウムは今回がはじめてでした。
12の分科会にわかれ、自分たちのことについて話し合いました。

 車いすの田嵜さん来年の熊本大会にむけて力強くアピールしました。
(写真・コメント共に北海道大会報告集より転載)

当時の報告・感想

「ピープルファースト大会in北海道」を終えて
第8回ピープルファースト大会in北海道実行委員会
実行委員長 土本 秋夫
1996年8月にアメリカに研修に行き、アメリカで「ピープルファースト」を主張する当事者と出会ってから5年。私たちの「ピープルファースト北海道」がまだない時から、言い続けた「ピープルファースト」を主張したい、ピープルファーストの運動組織を北海道につくりたい。全国大会がやりたいと思い続けて、ちょうど3年後の1999年8月に「ピープルファースト北海道」を設立しました。
そして、2001年10月6日、7日の両日で全国大会を開く目標が達成しました。この間、仲間や支援者の人たちや、多くの関係を持つ人たちに力やちえをかしてもらいました。私たちでできることはやっていく。しかしできないこともある。私たちだけでやれないことは、回りの人に助けてと言えばいい。
そのことをつねにおもい大会開催まで、多くの人と支え合いながら準備してきました。このことは、これから大会をやるところにもつたえるひつようがあるとおもいます。
これから、まだ大会をやっていない都道府県にもよびかけて、仲間をふやしていきたいとおもっています。
私たちは権利を主張し、発言することで奪われた権利を私たちのものにしなければならないとおもいます。こころざしをたかくもち続けるのが大切だとおもいます。
この大会で、自分はもちろん多くの仲間が、いろんなけいけんをつんだとおもいます。このけいけんをきかいにじしんがついて、いろんなところでかつやくができるとおもいます。
私たちピープルファーストは、自分たちの権利獲得のために、差別と闘います。

勇気をだして、自信がついた!
               ピープルファースト北海道 藤田 利雄
ピープルファースト大会in北海道10月6日と7日と2日間の大会がありました。
1日目10月6日(土)12:00うけつけ開始1:00開会式1:45全体会第1部10分間スピーチ「わたしたちに必要なしえんサービス(せいど)」きゅうけい じょうほうコーナー(作業所などのお店)3:00全体会第2部シンポジウム「人として生きるけんりを勝ちとるために~さべつとたたかう~」7:00交流会(夕食)2日目10月7日(日)9:00 12コの分科会もありました。11:30閉会式 おわり

この2日間大会ありました。ぼくは5日の日から午後1時実行委員会開始3時からホールでうちあわせいました。午後8時30分ごろまではなしあいをしました。
6日朝8時10分にちえりあにつきました。医療大学学生上野さんがもうきていました。ちえりあが8時30分にあきました。9時ごろから大会かんけいしゃあつまってきました。ぼくのかかりは午後12時からうけつけかいしうけつけした人あんないかかりなったのあんないをしました。白樺高等養護学校の先生もおてつだいしてくれました。ふくじゅ先生と及川先生と山口先生と奥田先生の4人の先生が6日の日におてつだいしてくれました。ふくじゅ先生のほか3人の先生はぼくといっしょのことをしてくれました。それに学生さんの人のあんないをしました。それがおわってから午後1時から開会式がはじまりました。入場行進それとさんかにんずうはっぴょうと実行委員長あいさつとらいひんあいさつそのあとにパンフレットの説明会って開会式おわり、ついにんぼくのでばんの全体会第1部10分間スピーチ「わたしたちに必要なしえんサービス(せいど)」6人の人がはっぴょうにいきました。(大阪パンジーⅡ)の生田さん、ほくと、(兵庫ピープルファースト)本山さん、サン・ビンホーさんの兵庫2人と(東京・ピープルファーストはなしあおう会)の尾登さんと(ピープルファースト北海道)の篠山さんの6人はつげんありました。
ぼくは2人目にはっぴょうをしました。はじめはうまくはなしをしていたのですけど、5分くらいからあがっていきました。なにをしているかわからなくなってきました。またおはなしをはじめました。おわってからおもったのですけど、じをおおきくかいてくればよかったなとおもいました。そしておもっていたことがあります。
特殊学級へ行くことを親と先生がきめたのですけど、いまおもうのですけど、ぼくのことなのにぼくのはなしもきいてくれないできめるのはおかしいとおもいます。北海道白樺高等養護学校にはいっていまはよかったなとおもいます。そつぎょうしてから27年たちますけど、ふるい先生方いまでもあったおはなしをしています。そしていまでも学校の行事の時おてつだいをしています。どうきゅう生やこうはいの人もはなしたりあそんだりしています。これからもつづけていきます。
そしてきゅうけいの時からじょうほうコーナー(作業所などのお店)のほうのぼくはたんとうでしたのでお店をみてあるきました。ぼくは昨年の東京であったたいかいでトレーナー、Tシャツをうっていたのでトレーナー500円とTシャツが200円、Tシャツ3まいかいました。600円でした。
そしてステージの上の行事がおわってから交流会が「グリーンホテル札幌」であるので、ちえりあからアンビシャスのマイクロのバスでホテルにむかいました。
バスの中でキリン福祉財団の金澤俊弘さんと広瀬邦裕さんの2人とぼくといろいろなおはなしをします。
そして午後7時から交流会の司会をぼくがやりました。司会のあいさつをしました。副実行委員長の小田島栄一さんがあいさつをしました。つぎにかんぱいのおんどをキリン福祉財団の広瀬邦裕さんにたのみました。そして食事をしました。ぼくはそのメンバーのほかに「ダンスパーティー」の司会をしました。「北海道ガス」音楽部の8人のメンバーの人がきてくれました。それに「いたやみきょう」さんのうたもありました。「北ガス」音楽部の音楽はとてもたのしい音楽でダンスパーティーもさんかした人がたのしんでみました。8時50分ころに司会をしました。交流会のおわりのあいさつを実行委員長土本秋夫があいさつしてくれました。交流会は午後9時10分ごろにおわりました。9時40分ごろにいたやさんによばれましたのでいたやさんのいっていた「北ガス」の人がかえるので土本さんと元氏さんがいないので藤田くんがかわりにあいさつしてくださいといわれたのでぼくがおれいをしました。午前12時30分ごろにねました。
2日目のあさ5時30分ごろにおきました。6時30分ごろに朝ごはんたべました。そしてバスにのってちえりあにむかいました。8時20分ごろにつきました。8時30分にちえりあがあきました。ぼくは分科会の自立(友だちとしゅみ・仕事とお金・健康と栄養)というほうのたんとうになりました。4人の当事者と2人のしえんしゃとでやりました。
僕と(兵庫ピープルファースト)の桜田厚子さんと(兵庫ピープルファースト)の富田かおりさんと(東京ピープルファーストはなしあおう会)のおおさわたみさんとこの4人のしえんしゃのふくじゅ吉人さんときろくのみぞぶち裕子さんしえんしゃ2人分科会をしました。すごいさんかしゃでした。みんながこの分科会そしてみんなが一人くらししたい人がたくさんいるなんておもってもいませんでした。そして2時間でははなしがつかなかったので時間がほしかった。全体の分科会がおわって閉会式はじまりました。閉会のせんげんと「スローガン」「ピープルファーストせんげん」と「DPI世界会ぎ札幌大会」西村じむきょくさんのアピールがありました。そして来年の大会かいさいの場所のはっぴょう「くまもと」にきまりました。そしてこれでぜんぶ大会がおわりました。そしておまけのりょこうの人のバスをおっていたらさみしくなってしまいました。なみだがとまりませんでした。みんなも来年くまもとであおうといいましたのでお金をためていきたい。そしてぼくはこの大会があってよかったなとおもっています。大会でいろいろなことがぼくたちもできるなとおもいました。ほんとうに大会があってよかったとおもっています。 ぼくはしえんがあればさくぶんがかけたりはっぴょうしたりできるのだというゆうきがでてきました。これからいろいろなとこではっぴょうしたい。たいかいがせいこうしてよかった。
                                おわり
(北海道大会報告集より転載)

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