2000年11月18日

ピープルファースト大会in東京

日時(にちじ):2000年11月18日(土)~11月19日(日)
場所:千葉県千葉市 OVTA(海外職業訓練協会)

<大会当日のスケジュール>
1日目 18日(土)
12:00 うけつけ
 1:00 開会式
・入場行進
       ・参加人数発表
       ・実行委員長あいさつ
       ・らいひんあいさつ
       ・パンフレットの説明
 1:45 全体会①
10分スピーチ「全国の なかまの はなし を きく」
 2:45 きゅうけい
 3:00 全体会②  「厚生省に きこう」
 4:00 情報コーナー
 6:00 交流会
・であいのへや
・ダンスパーティー(7:00から)
 9:00 おわり

2日目 19日(日)
 9:00 分科会
1.グループホーム
2.自立
3.制度のはなし
4.ガイドヘルパーについて
5.元気が でる はなし
6.友達と趣味
7.出生前診断
8.支援について
9.金谷町事件
      10.サングループ事件
      11.仕事とお金
      12.恋愛とデート
      13.結婚・出産・子育て
      14.健康と栄養
11:00 きゅうけい
11:30 閉会式
      ・閉会の宣言       ↑東京大会実行委員長の
・ピープルファースト宣言   尾登さん(写真前)
・スローガン
・来年の大会のばしょ はっぴょう
12:30 おわり


全体会第二部「厚生省にきこう」
では、6人のなかまが、大塚専門官に意見をぶつけました。会場からの意見もたえませんでした。

「静岡ハンディキャップ太鼓の会」。勢いのある演奏に、さいごはみんなステージに上がって、いっしょにおどりました。

資生堂の協力でおこなったメーキャップ・コーナーは大人気で、人数制限をおこなうほどでした。

交流会会場も参加者でぎっしりになりました。

分科会ではじめて出生前診断をとりあげました。

次回開催地の北海道のなかまたちが、北海道の名物・名産とともに
北海道大会へのよびかけをおこないました。


当時の報告・感想


ピープルファースト大会in東京
ピープルファースト大会in東京大会実行委員長 尾登悦子
ピープルファースト大会をひらきました。
「みなさんの たいかい なので みんなで せいいっぱい がんばりましょう。きょうは みなさんの たいかいです。みなさんじしんでがんばって ください。わたしは みなさんの ぶじを いのっています。」
わたしは みなさんと いっしょに たいかいを したことを よろこびと しています。わたしは じっこういいんちょう に なったときは たいへんでした。みなさんが ちから いっぱいに がんばったことは よかったです。
「みなさんが さいごまで たいかいを やれば いつかは せいこうすると おもいます。みなさん がんばってください。この たいかいは とうじしゃの たいかいです。」

ピープルファースト大会in東京
文:大澤たみ・佐々木信行
 去年は、東京で5年ぶりに大会をやりました。私は初めて、全体の司会をやりました。尾登さんは実行委員長を、小田島さんは副実行委員長の役目を果たしました。ちなみに 参加者は全員で803人で24都道府県でした。
■全体会①「全国のなかまの はなしをきく」■
 10分間スピーチでは、パンジーの中山千秋さんと梅原義教さん、静岡のピープルファーストの生井勝彦さん、東京のピープルファーストの          
小田島栄一さんと宮川篤志さんが話をしました。                    
 中山千秋さんは家族のことを話していました。  ↑大会副実行委員長の
お母さんのこと、妹さんのことなど一人一人に対 小田島さん
する思いが伝わってきました。
 生井勝彦さんも家族のテーマ。家族の中で辛いことや苦しかった体験などが話されていました。自立をめざしていることなどを語られていました。
 小田島栄一さんは、自立生活とピープルファーストの活動について話をしました。小田島さんは、自立をして4年目になるところで、とても頑張っています。せいどの話で、サービスは平等に!!と語っていました。
 梅原義教さんは、自分の子どものころの体験から将来、彼女を車に乗せて、思いっきりとばしたい。結婚をしたいなど話されました。
 宮川篤志さんは、入所している施設の中で起きていることを話されました。施設の中で「かいせん」という病気がはやっていて、施設から出してもらえないなど、不平等な現状などを語られていました。
など、10分間スピーチはこんな具合でおわりました。
■全体会② 「厚生省に きこう」■
 このあと、「厚生省に きこう」という質問を投げかけるコーナーを もうけました。
・増田信広さん(千葉ふれあいの会)
「当事者の声、意見を聞いてほしい。障害者をはかりや、ものさしで計らないでください。」
・みんなのわ(東京都立川市)2名の方
「なぜ、エイズが あるんですか。平成15年から どう かわるの? ガイドヘルパーは これから どうなるの?」
・ピープルファースト北海道
「障害者職業センターから来た人は バカばかり だと言われた。事業者に対して指導、監とくするように、徹底してほしい。」
・大澤(ピープルファーストはなし合おう会)
「八王子市のホームヘルパー料金の予算要求を私は、強く希望します。」
・芝田鈴さん(ピープルファースト兵庫)
「厚生省の人に わたしたちは 心から文句を言いたい。
 私達は、ハンデイをからだと心に確かに、あります。でも一人の人間です。ピープルファースト大会の言葉でいうと私達は障害者である前に生きた心を持った人間だと言います。それを厚生省の人は わかってくれますか? 神戸市には何も、制度がないのです。
 私は24時間介護が必要です。
 厚生省の出した制度は使いにくい です。介護者といる時間をたとえば昼だけの半日と、決めないでください。私達も、行きたい所、友達の家に泊まりたい時、介護者と、旅行に行きたい時、泊まりいくと半日だと、この制度は使えない楽しめない事を、考えて下さい。
 知的障害者には、制度が要らないと誰が何処で決めたのですか?」
 最後の芝田鈴さんの意見がとても、説得力があって力強い意見だったので長めにのせました!
 みんなの質問に対して、厚生省の専門官は「施設は基本的に必要ないとおもっています」「これからもみなさんと話をしていきたいと思います」「2003年になっても福祉サービスが減ってはいけない」「障害者をバカだというのはまちがい」などと答えてくれました。
■情報コーナー、など■
 全体会の後にたいこの もよおし も 登場しました。情報コーナーでイラストコーナーのブース(場所)を作ってもらって似顔絵を描きました。司会の すぐ あとだったので、大変でした。似顔絵が終わって 食事の所へ言ったら、何も食べ物がなかったので いや でした。続けて役割を するのは やめようと思っています。
 であいは、何人カップルが できたのカナ?
 現場の中で ミスを 多かったけど 次に大会を、おこなうとき の こやし に なればいいと 思っています。
■交流会■
 バンドが2つきてくれました。南條バンドとピンクパンサーです。アジア風の歌を歌ってくれた、南條バンド。みんながよく知っている歌を歌ってくれたピンクパンサー。2つバンドの曲もノリノリでおどりやすい曲で、とってももりあがりました。南條バンドも、ピンクパンサーもよんで良かったと思います。
■分科会■ 
分科会は、14の分科会にわかれました。
③自立
私のスライドを見ながら、説明した。桜田あっちゃん、ちぼちゃんと やった。「自立したら どんなことを したら いいのかな」と いっていた。
洗濯物を ほすときのことを おしえてあげた。なるほど と 言っていた。「自
立ってなに?」と きかれた。自立は、「自分のしたいことをすること」だと思う。「私もできるかな」と思っている人も いたみたい。「みんなが がんばって自立できると思う。自立するかしないかは、みんなの気持ち しだいです」と言いました。 (おと えつこ)
⑦出生前診断
ふにん しじつ の はなし の なかで パイプカット の はなし を しました。
 いまでは、そうゆう はなし 日本社会で タブーし されてきた。私 こじんは ふにんちりょう や いでんし ちりょう や いでんそうさ の はなし も したかったです。
 あと じんこうちゅうぜつ、とか じんこうじゅせい の はなし を したかった じかん が あったら (増田信広)
⑧支援について
当事者運動をやっていくうちに支援者が必要になります。支援のやり方について話し合いました。いろいろと話しがでました。「親切」という話しが出ました。それについて話しをして、みんなで考えました。(佐々木信行)
⑪仕事とお金
結構。緊張しつつ話を初めました。自分は前々からこの分科会のテーマについて考えて居て突発に話を進めました。
 まずは、自分から話を進めました。仕事とお金についての資料が揃ってなかったのもあって、せっぱつまりつつ話を切りだしてどこまで自分の話が伝わるかは、どうとして、結構。人員が集まったので、話も無駄ではなかったかなーと思ったのです。ま、始じめての大会でもあり、分科会も始めてだったので、とにかく緊張しました。
 そして、分科会をする前日の日に一人。欠席になってしまい、一人分のテーマを自分が時間を稼ぐ形になってしまい、まずは、テーマに沿った話を考えて当日に間に合わせるという感じで大変でした。
 ま、でも自分は初めて分科会をみんなに話した。司会のような形で自分が進行して見ましたが、まあまあかなと思いました。
 ま、来年もというか、今年も大会で、分科会がある時は、自分も参加して、出来る限り色々な問題について、自分自身の考えも色々な人に聞いてもらい、施設の問題などについてなるべく多くの人に共感してしてもらうようにこれからも頑張って色々な分科会の場に参加していこうとおもいました。宮川からは、こんなところです。 (宮川篤志)
 ぶんかかいで、ひとりで しゃべるの とても よかった。しごとが じょうずに なったら、じぶんで また、おはなし できるように なります。いちばんに みやがわくんに しゃべって、2ばんめに、たむらくんが しゃべった。そのあと しゃべった。わたしは いっしょうけんめい に しごと できるように なります。もうすこし しゃべること を どりょく します。ごはん が たりなかった。ダンス やっている ところが おもしろかった。(小林加代)
⑬結婚出産子育て
ぶんかかい で やったので、はんぶん しゃべったら、みんな しゃべってくれない。札幌こんどしっかりやりたいです。 (西内精一)
ピープルファーストはなし合おう会は、一年前から準備をしてきました。毎日のように短い2日間のためにはなし合っていました。東京中の会場をさがしました。どこも予約が入っていました。そして、東京に近い「まくはり」に決まりました。ホールも、会議室も宿泊もそろっていました。バッチリなところでした。
 企画は、全国実行委員会で考えました。毎回の会議は、意見のまとまらなくてとってもたいへんでした。気がついたら11月に入っていました。毎日毎日、夜おそくまで準備をやりました。2日間のためにこんなにたいへんなことを知りました。いそがしい中でも「絶対に成功するぞ」はいつまでもわすれませんでした。当日になると、つかれがふっとんでいました。青空で当日むかえられてとっても良かったです。風が流れていくようにあっという間にすぎていました。
 一つ一つが大切なプログラムでした。実行委員をやってとっても良かった。応援してくれて本当にありがとうございました。
(「なかまの森11号」ピープルファーストはなし合おう会(現ピープルファースト東京)刊より抜粋転載)

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